呉健雄

呉健雄。
呉健雄。写真:Smithsonian Institution, 制限なし, Wikimedia Commons

呉健雄(Chien-Shiung Wu)(1912年5月31日 – 1997年2月16日)は、 中国系アメリカ人の実験物理学者である。 彼女は1956年、 弱い相互作用が左と右を区別することを示した。 それはベータ崩壊とすべてのニュートリノ過程を司る力である。

それまでこのことはありえないとされていた。

経歴

呉は上海の近くに生まれた。 父は女子のための学校を創立していた。 当時の中国では異例のことである。 そして父は彼女の教育を強く後押しした。 1936年に彼女はアメリカ合衆国へ渡り、 1940年にバークレーでアーネスト・ローレンス(Ernest Lawrence)のもとで学位を取得した。

戦時中はマンハッタン計画でウランの濃縮に取り組んだ。 その後ニューヨークのコロンビア大学に移り、 退職するまでそこにとどまった。 彼女の専門分野はベータ崩壊であり、 やがてその分野で当時もっとも精確な実験家とみなされるようになった。

呉の実験

1956年、 理論家の李政道(Tsung-Dao Lee)と楊振寧(Chen Ning Yang)が、 不安をかき立てる考察を提出した。 パリティの保存、 すなわち自然法則が鏡の世界でも同じに見えるという仮定は、 弱い相互作用ではまったく成り立たないのではないか、 というのである。 それを検証した者は誰もいなかった。

呉が検証を引き受けた。 装置は要求の高いものであった。 コバルト60の原子核を磁場の中で整列させ、 その際に絶対零度より数百分の1度だけ高い温度まで冷やさなければならなかった。 熱運動が整列を壊さないようにするためである。 彼女はこの仕事を国立標準局(National Bureau of Standards)とともに行った。

結果は明白であった。 崩壊から生じた電子は一方の向きに偏って飛んだ。 原子核のスピンとは逆向きである。 鏡の世界であれば、 それは反対の向きであったはずである。 つまり自然は左と右を区別するのである。

論文は1957年2月に発表された。 同じ年のうちに李と楊はノーベル賞を受けた。 呉はそれを受けなかった。

それがニュートリノにとって重要である理由

パリティの破れは副次的な所見ではなく、 ニュートリノを理解する鍵である。 呉の実験の直後、 モーリス・ゴールドハーバー(Maurice Goldhaber)は、 ニュートリノが定まったヘリシティをもつことを示した。 そのスピンは常に飛行方向とは逆を向いている。

まさにこの点で、 ニュートリノは標準模型のほかのどの粒子とも異なる。 そしてまさにそれゆえに、 ニュートリノがそもそも質量をもちうるのかは長く未解決であった。 この問いに答えを与えたのは、 ニュートリノ振動であった。

評価

呉は数多くの表彰を受けた。 1975年には女性として初めてアメリカ物理学会の会長となり、 1978年には史上初の受賞者としてウルフ賞物理学部門を受けた。

ノーベル賞は与えられなかった。 李と楊は呉の寄与を常に強調しており、 専門家の間ではこの実験は今日まで彼女の名で呼ばれている。 小惑星一つと、 コロンビア大学の学習センターが彼女にちなんで名づけられている。

彼女の例は、 一つの実験が何を成し遂げうるかを示している。 誰も本気にしなかった推測が、 数か月のうちに確かな知見となった。 誰かが精確に見るための忍耐と技術をもっていたからである。

関連項目

出典

  • C. S. Wu, E. Ambler, R. W. Hayward, D. D. Hoppes, R. P. Hudson: Experimental Test of Parity Conservation in Beta Decay, Physical Review 105, 1413 (1957).
  • T. D. Lee, C. N. Yang: Question of Parity Conservation in Weak Interactions, Physical Review 104, 254 (1956).