ジョン・バーコール

ジョン・バーコール。
ジョン・バーコール。写真:Dan Bahcall, CC BY-SA 3.0, Wikimedia Commons

ジョン・ノリス・バーコール(John Norris Bahcall)(1934年12月30日 – 2005年8月17日)は、 アメリカ合衆国の天体物理学者である。 彼は太陽がどれだけのニュートリノを放っているかを計算した。 そして実験が30年以上にわたって別のことを語っているように見えたときも、 この計算を固く守り続けた。

最後に彼が正しかった。 太陽は正しく計算されており、 ニュートリノが途中で姿を変えていたのである。

標準太陽模型

バーコールは1971年からプリンストンの高等研究所で働いた。 彼の生涯の仕事は標準太陽模型である。 太陽の質量、組成、年齢から、 その内部でどの核反応が進み、 その際にどれだけのニュートリノが放出されるかを導き出す計算である。

これは小さな課題ではない。 反応率、不透明度、元素の存在量、 そして数十億年にわたる恒星の構造が関わる。 バーコールはこの模型を40年以上にわたって改良し続け、 その際つねに自分の数値がどれだけ精確であるかを示した。

レイモンド・デービスとの協働

1960年代の初め、 バーコールは、 パークロロエチレンを満たしたタンクを地下深くに置いた場合に、 そのタンクがどれだけのアルゴン原子を受け取ることになるかを計算した。 この数がレイモンド・デービス(Raymond Davis)に、 Homestake実験の基礎を与えた。

二人は珍しい取り合わせであった。 どれだけの量が期待されるかを述べる理論家バーコールと、 それを確かめに行く化学者デービスである。 二人の協働は30年以上続いた。

太陽ニュートリノ問題

デービスが1968年以降に結果を提出したとき、 彼が見いだしたのはバーコールの予測したニュートリノのおよそ3分の1にすぎなかった。 これによって太陽ニュートリノ問題が始まった。

バーコールにとって、 それは苦しい年月であった。 すぐに思いつく説明は、 彼の計算が誤っているという単純なものであり、 多くの同僚がまさにそう信じていた。 彼は自分の模型を何度も検証し、 精密にし、 ほかの測定量と比べた。 そしてそのつど同じ結果に達した。

彼の立場をとりわけ説得力のあるものにしたのは日震学であった。 太陽表面の振動から、 ニュートリノとは無関係にその内部構造を決定することができる。 測定はバーコールの模型を高い精度で裏づけた。 これではっきりした。 太陽が正しいのであれば、 ニュートリノに何かが起きているに違いない。

決着

2001年と2002年、 Sudbury Neutrino Observatoryは、 足りないニュートリノが消えたのではなく、 ただ変換されていただけであることを示した。 三つの種類をすべて足し合わせると、 バーコールが予測したとおりの数になる。

どう感じているかと問われて、 彼はこう答えた。 30年にわたって地球は丸いと主張し続けたところへ、 誰かが世界一周の航海から帰ってきたようなものだ、と。

その後の影響

2002年のノーベル物理学賞はデービスと小柴昌俊(Masatoshi Koshiba)に贈られた。 理論家であるバーコールは考慮されなかった。 専門家の間では、 これは今日まで欠落とみなされている。 彼自身がそれについて恨みがましく語ることはなく、 むしろデービスが顕彰されるよう尽力した。

バーコールはさらに、 ハッブル宇宙望遠鏡のもっとも断固たる擁護者の一人であり、 それを政治的に実現させるうえで決定的な力となった。

彼の例は、 物理学の外でも通用する一つの姿勢を表している。 最初の測定が合わないというだけで、 入念に計算された予測を捨て去るのではなく、 本当の発見がどこにあるのかが明らかになるまで、 その両方を検証し続けるという姿勢である。

関連項目

出典

  • J. N. Bahcall, M. H. Pinsonneault, S. Basu: Solar Models: Current Epoch and Time Dependences, Neutrinos, and Helioseismological Properties, The Astrophysical Journal 555, 990 (2001).
  • Institute for Advanced Study, Princeton: John N. Bahcall追悼文、2005年。