梶田隆章

梶田隆章(Takaaki Kajita)(1959年3月9日生、埼玉県東松山市)は、 日本の物理学者である。 彼は1998年、 ニュートリノが進む途中で互いに移り変わること、 したがってニュートリノが質量をもつことを実証した。 その業績によって彼は2015年、 アーサー・B・マクドナルド(Arthur B. McDonald)とともにノーベル物理学賞を受けた。
経歴
梶田は埼玉大学で学び、 学位取得のために東京大学へ移り、 1986年に小柴昌俊(Masatoshi Koshiba)のもとで修了した。 これによって彼ははじめから、 神岡の亜鉛鉱山で世界でもっとも変わった検出器の一つを運転していた研究グループに属していた。
1988年からは東京大学宇宙線研究所で働き、 2008年にその所長を引き受けた。
彼を待っていた謎
検出器Kamiokandeは、 もともとまったく別の問いのために建てられていた。 陽子が崩壊するかどうかを見ようとしたのである。 陽子崩壊は現れなかった。 今日に至るまで現れていない。 その代わりに、 関係者は別のことに気づいた。
大気ニュートリノは、 宇宙線が大気の層に当たったときに生じる。 その際に生成されるパイ中間子の崩壊の連鎖からは、 明確な予想が導かれる。 1個の電子ニュートリノに対して2個のミューニュートリノがあるはずだ、 というのである。 この比は、 宇宙線がその時どれほど強いかにはほとんど依存しない。 つまり鋭い予測を得るために線源を正確に知る必要はない。
しかしKamiokandeが測定したミューニュートリノは明らかに少なすぎた。 この所見は1980年代半ばから机上にあり、 大気ニュートリノ異常と呼ばれていた。 はじめは本気に受け取られなかった。 すぐに思いつく推測は、 検出器が粒子の種類を十分きれいに区別できていないというものであった。
工夫:地球を尺度とする
梶田の寄与は、 問いを別の立て方にしたことであった。 ミューニュートリノがどれだけ足りないのかを問う代わりに、 どの方向から足りないのかを問うたのである。
その背後にある考えはきわめて単純である。 地下深くの検出器はあらゆる方向からニュートリノを受け取る。 しかしそれらはまったく異なる道のりを経てきている。 上から来るものは検出器のおよそ15 キロメートル上空で生じた。 下から来るものは惑星の反対側で生じ、 およそ13,000 キロメートルを進んできている。
一つの同じ装置が、 これによって非常に短い距離と非常に長い距離を同時に測ることになる。 そしてニュートリノ振動は道のりの長さに依存するので、 その効果は入射角への依存性として現れなければならない。 それが存在するのであれば、 の話である。
検出器の不具合であれば、 そのようにはふるまわなかったはずである。 上でも下でも同じように働いたはずだからである。
1998年の決着
答えを得るには、 より大きな検出器が必要であった。 Super-Kamiokandeは1996年に運転を開始した。 池ノ山の地下1,000 メートルにある、 1万1千本を超える光電子増倍管に囲まれた50,000 トンのきわめて純度の高い水である。
2年の測定期間ののち、 結果が出た。 上からは期待どおりの数のミューニュートリノが届いた。 下からはおよそ半分が届いた。 電子ニュートリノにはそのような欠損は見られなかった。 どちらの方向からも計算どおりに届いていた。
つまりミューニュートリノは、 地球を貫く長い道のりで消えたのではない。 それらは変換されており、 主としてタウニュートリノに変わっていて、 検出器はそれを見なかったのである。
梶田はこの所見を1998年6月、 日本の高山で開かれた会議Neutrino 98で発表した。 居合わせた人々によれば、 講演のあと会場は数分にわたって拍手を続けたという。 専門の学会としては異例のことである。
それがこれほど重かった理由
振動の検出は、 ニュートリノ物理学をはるかに越える帰結をもつ。 振動しうるのは質量をもつものだけであり、 しかも種類ごとに異なる質量をもつものだけである。
素粒子物理学の標準模型は、 数十年にわたってニュートリノを質量のないものとして扱ってきた。 それは物理学のもっとも成功した理論であり、 数百の測定によって裏づけられていた。 梶田の結果は、 この理論がこの箇所で不完全であることを示した。
これは今日まで、 標準模型を越えることを指し示す唯一の確かな実験室の所見である。 ニュートリノの質量がどこから来るのかは未解決であり、 シーソー機構がもっともよく知られた説明の試みである。
その後
梶田は基礎研究に忠実であり続けたが、 分野を変えた。 彼は日本の重力波検出器KAGRAの建設を率いている。 これも神岡の地下にあり、 ニュートリノが測定されているのと同じ山の中にある。
2020年から2023年まで、 彼は日本学術会議の会長であった。 この立場で彼は、 研究の自由と、 社会に対する科学者の責任について繰り返し発言した。
関連項目
- Super-Kamiokande — 検出器
- 大気ニュートリノ — 線源
- ニュートリノ振動 — その過程
- 小柴昌俊 — 彼の師
- アーサー・B・マクドナルド — 共同受賞者
出典
- Super-Kamiokande共同研究グループ(Y. Fukuda ほか): Evidence for Oscillation of Atmospheric Neutrinos, Physical Review Letters 81, 1562 (1998).
- ノーベル財団: ノーベル物理学賞2015年、選定理由と梶田隆章のノーベル講演。